KINUGASA MOTION PICTURES

足 跡

1979年2月、京都市立衣笠中学校3年5組の生徒が集まって映画を作り始めた。
その夏休みに公開された「スター・ウォーズ」から ”理力”を受けたとかいう映画大好きの若山佳三(「スター・ウォーズ」シリーズを劇場に113回も観に行ったイカレモノ)が中心となって、時たま映画も観る竹田滋広(ただのイイヤツ)と、映画は学校の団体鑑賞以外は全く観ない長井寿(しかし撮影技術は当時から一流、現在電子カメラ設計技師)でチームを結成。母校から名を借りてKINUGASA MOTION PICTURESが誕生した。

 モーション・ピクチャーなどと時代遅れの言葉を使っているのは、娯楽映画の原点である「活動写真」をチームの作品製作の姿勢としているからである。評論家向け芸術指向映画やマイナー路線ではなく、小さな子供や一般の映画ファンが観てもそこそこ楽しめる映画作りを目指しているのである。

 ’78年の「スター・ウォーズ」の特撮の影響をもろに受けての第一作「宇宙船Xー14」がフジ・フィルム主催の学生映画コンテストに入賞したのをはずみに、高校、大学と、竹内義博(技術スタッフで、現KINUGASA MOTION PICTURES代表)らの新メンバーを加えて創作活動は続いた。

 ちょうどその頃から家庭用ビデオカメラが普及し始め8m/mフィルムは急速にその影を薄くし始めた。そんなビデオ映像への反発とフィルムへの固執から、「ビデオに出 来ない事をやる。劇場映画に迫るものを作る。」などという方針を立て、凝った照明と、合成画面、ミニチュア特撮を多用した「TARGET: KYOTO」を製作。特撮大会などで入賞したりもする。が、しかし、8m/m映画で劇場映画を目指すことの無意味さに気付き、方針を180度変え「劇場映画には絶対出来ないものを!」と完成させたのが「爆弾特急」。「爆弾特急」は、本当は本物の列車サスペンスが撮りたい、でも資金も資材もないからできない、という8m/m映画の逆境を突いた、というか開き直ったハチャメチャな作品となる。8m/m映画製作に心をつくす男達をテーマに皮肉った本格的悲劇、というのが脚本・監督の若山佳三の意図であった。安易な撮影で仕上げられたにもかかわらず、東映の学生映画コンテストで三位入賞し、その後20年以上経つ今日に至っても各地の上映会や団体から映写のオファーを受け続けている。「爆弾特急」の好評を受けて、「爆弾特急PART2」の製作に着手するが、大学卒業、就職と、メンバーが各地に散り撮影中断。1986年、チーム解散の危機に瀕した。

 しかしこの頃、かねてより実験を重ねていたアナモフィック・レンズを用いた映写に成功。新企画のクランク・インに向けてチームの再編成を図る。山本久美子(デザイナー、美術担当)、上田晃(舞台俳優)、宇田江伊治(万屋)らの新メンバーでモノクロ、ワイド・スクリーン映画「ザ・シネスコ キッド」に取り掛かる。

 製作中断の「爆弾特急PART2」は、撮影フィルムを90秒の<予告編>として編集したところ、読売テレビで入賞し、「審査員大爆笑」と評され、TVオン・エアされた。同時期某メジャー系音楽会社から「爆弾特急」のビデオ発売の企画が持ち上がったりもした。

 チーム結成10周年の1989年に自分達の映画作りを題材にした作品「THE KINUGASA MOTION PICTURES」の製作開始。舞台女優の上田潤子らをメンバーに迎える。チームの企画会議がそのまま映画の舞台となり、メンバーから出されたアイデアがオムニバス形式で同時に3つ進行し、ああでもない、こうでもないとストーリーが交錯し入れ替わる一風変わった作品に仕上がる予定であった。が、その第一エピソードが完成した時点で、監督の若山佳三が東京に転居することになり未完のまま中断。第一エピソードは「THE RESCUE MISSION」という短編となり、KINUGASA MOTION PICTURES10周年記念上映会での一般公開となった。

 10周年記念上映会は、映画製作を主体としてきたチームの、自分達の手による初めての自主上映会で、読売、毎日新聞等で取り上げられた。またこの年、「ザ・シネスコ キッド」が、アナモ・レンズによる8m/mシネマスコープ技術を評価され、特撮大会で賞を受ける。

 その後、上田晃脚本・監督による作品の企画や、竹内義博撮影による鉄道ドキュメンタリーなどが製作され、チーム結成20周年目には、記念作品として人気作『爆弾特急』の再度の続編『爆弾超特急』の製作が決定。 撮影まで完了するものの、またしても諸事情が重なり仕上げ作業を中断。 現在、徐々に復旧作業が行われている。

 「映画作りはチーム・ワーク」
常にこの言葉を忘れることなく、これから先も旧来の仲間はもちろん、新たな仲間とも、楽しい30年目、40年目を迎えていきたいと KINUGASA MOTION PICTURES 全員が願っている。